今日は大切な日です
2009 / 01 / 24 ( Sat )
その昔、彼氏とおデートでパチンコ屋につれていかれて
ぼけ〜っとしていると彼氏の隣の人がジャンジャンバラバラ。
おっ、と思い覗き込むと反対側の人も覗き込んでる。
あっ、お、お父さん・・・
逃げるように立ち去りました。
お父さんがある朝卵焼きを作ってくれました。
『おいしい』その一言で長い期間味のない卵焼きが毎朝。
『もう、卵焼きいらない』
お父さんと2ヶ月口を聞かなかったこともあります。
お姉ちゃんに『あいつ、口も聞かない』と愚痴っていたとか。
無職のとき適当な服装で過ごしていたら
『そんな服着てないで、小遣いやるから服かってこい』
自分のがぼろなのに。
いるのが当たり前で、
わがままを言っていることさえ気づかなかったけど
ある日突然別れはやってきて、はや7年になります。
いい思い出もあるけれど、
わがままばかり言っていたな。
あの時、あんなこと言わなければよかったな。
と、思うエピソードばかり浮かびます。
今でもきっと天国で『大ばか者』とハラハラしているに違いない。
意識不明のとき、心音が止まりそうになると
温かな手を握って、『がんばって』と声をかけると
また、心音が戻ったのは意識がないと思わせて
本当に頑張ってくれていたからだと信じてる。
あれから・・
おでんが食べられなくなり、
病院の心音の音が嫌いになり、
救急車の音を聞くと悲しい気持ちになる。
今日は、お父さんの命日です。
頭が痛くなるくらい泣いてもいい日なのです。
早いねぇ。もう7年か。
命日には亡くなった人のことを思い出してあげる日なんだよね。
思い出すことで、亡くなった人はその人の中で生きることになるんじゃないかなって思います。
不思議なことに、時間がたつにつれ、今まで忘れてた小さな出来事を思い出したりするんだよね。
ちよさんへ
早いよね。
あの時はありがとうね。
それまで視界に入っていただけの何気ない1コマが
今は大事な思い出だったりするのよね。
自分が幸せな家庭の子供だった事を実感するんだよね。
あの時は、もっと〜だったらなんて感じていたんだけどさ。
もっと早く気づくべきことだったんだけどね(笑)
そんな事があったのですね。。。
先日、親友のお父さんが亡くなり、親が逝ってしまう、という事をここのとこふとした時に考えています。
>病院の心音の音が嫌いになり
そうなのですね…
心音の音、息子を産んだ時に病院でずっとずっと聞こえてました。
どうかいつか、そのつらい思い出に幸せな思い出が重なりますように。
読んでて涙ぐんじゃった。
わたし、どっちの死に目にも会えなかった親不孝者だったけど、
胸がいっぱいになるほど、
こうやって思い出すことが
きっといちばんの供養なんですよね。
そんなことがあったのだね・・・。
思い出はふとした時に蘇るものだけど、命日という日にこうやって思い出してもらえるお父上は幸せですね。
誰かの記憶に残るということは、幸せなことなんだな・・・、とnibblesさんの記事を読んで思いました。
辛い記憶は少しずつ薄れて、幸せな記憶はいつまでもnibblesさんに残っていきますように。
ふうりんちゃさんへ
ありがとうございます。
因果応報
自身の子供に作った卵焼きを『もういらない』なんて
言われたら、父のように寂しげな顔だけでは
すまさないと将来の母は思ったりします(笑)
本当にこの7年、『家族が欲しい』と思ってはいるんだけど
うーん、難しいぃぃ
まりコさんへ
ありがとうございます。
面白エピソードならたくさんあるんですけどね。
また、それは別のときに・・・(ニヤリ)
過去も今も両親に親孝行してないところが
アテクシの残念賞なところでして。
笑ってごまかしておきます、がはは
うめやんさんへ
ありがとうございます。
親孝行せず逝ってしまったので
なんか、申し訳ない気持ちでいますねぇ。
親にしかわがままを本気で言えないので
両親という存在はやはり相当でかいです。
子育てのし甲斐があるだとう!と母に言ったら
きっとダンマリにちがいない(笑)